 *彼らの通うカトリック教会にて。(私、留守役なんで、この写真はおとっつぁんの撮影です。)
皆様、こんばんは。 今晩のお話は、菅家旅館 旧館にも登場した我が友人、セラフィナ一家についてです。(カラーの文字をクリックすると、以前の記事をご覧いただけます。)
・・・それは、つい1週間程前のある日の事。 普段はめったに鳴る事のない、私の携帯電話のベルが突然鳴りました。電話の向こうからは、「Hi, Naoko ! How are you ?」と、いきなり名乗りもしないで、親しげに話しかけて来る、聞き覚えのある声。
そう。それは、こちらに来てからできた、私の最初の友人セラフィナの声でした。 「元気にしてる?」「子供達はどう?」などなど、一通りの挨拶と近況報告をしあった後、彼女が言いました。 「今度の土曜、私の娘達の”ファースト・コミュ二オン”なのよ。だから、ナオコも子供達と一緒に、そのパーティに来ない?」
その時は、「ああ、パーティだったら行く!行く!」というような、ほんの軽いノリで返事を返した私。”ファースト・コミュ二オン”の何たるかも、全く気にとめず、「久しぶりに、あの家族と過ごすのも、楽しいだろうなぁ」なんて、なんとな〜く思っていただけだったのでした。
そして、そのパーティ当日。 彼女からの、朝一番の電話で起こされた私は(なっ、なんと、朝の6時内。普段の休日だったら、まだ、夢の中です。)、予定していたのよりも1時間半も早い、9時30分におとっつぁん(セラフィナのご主人の事。当旅館では、皆、彼の事をなぜかこう呼んでいます。)の車に乗せられ、彼らの家へと向かいました。
いやね、久しぶりに会った、彼らの娘達の元気な事。 「待ってました!」とばかりに、玄関先に飛び出して来たのは、次女のムギシャと三女のマホロ。 当旅館の従業員、ジュンとミィが車から降り立つや否や、駆け寄って来て、同じ様な年齢にも関わらず、彼らを抱き上げようとします。 そんな様子を、少し離れた場所から眺める長女ソラジェも、ニコニコと嬉しそう。数ヶ月見ない内にスラリとして、何だか以前より大人びた感じを受けました。
でもね、驚いた事に、3人とも真っ白なドレスに身をつつみ、まるで、どこかの国のプリンセスのような格好をしているのです。
「今日は、何の記念日なの?」 問いかけた私に、「今日は、ソラジェとムギシャの、ファースト・コミュ二オンだからね。」と答えつつ、4人姉妹の母セラフィナが登場。腕の中には、昨年9月に生まれた末っ子、グラディスが抱かれています。 「だから、今から教会に行って来るわ。ナオコ、その間にお料理と準備をお願いね!」
 *皆揃って、「ハイ!チーズ」のはずが・・・。以前も会った、コンゴの子供達も一緒に。
かくして、彼らが教会へ行っている間に、机の上を整え、すでに用意されていた料理やスナックを皿に盛り付け、留守居役の如く、過ごしていた私。けれどね、その”ファースト・コミュ二オン”って物が何なのか、実は、未だ理解できないでいたのですよ。
「カトリック教会で行われる、子供のための儀式って何だったっけ???」 日本語で言われれば、漠然とではあるけれど、きっと分かったはず。でもね、英語で言われてもねぇ・・・。
どれほど重要な儀式なのか分からないまま、それを祝うためのパーティに参加するってのも、何だか、おかしな話ですよね。そこで、用事を済ませた私は、最後の切り札!?、我が主人に電話を掛けました。
一通りの状況を話した私に、主人の一言。 「それって、初めて、聖体拝領するって事なんじゃないの?」
はは〜ん、なるほど。そういう事だったのか! そう言われたら、理解できるわ。以前、カトリック教会に足を踏み入れた時にも、何のための儀式か、教えてもらったな・・・。
こうして、”ファースト・コミュ二オン(First Communion)”の何たるかを、改めて認識できた訳なのですが、多分、多くの方が私と同じくして、そう言われてもピンと来ないはず!?そこで、簡単な説明をしてみる事にいたします。
★ ”Communion” について ★
日本では”聖体拝領”、こちらのプロテスタント教会では、”ユーカリスト”と呼ばれている事も。
イエスが、弟子達と共にとった最後の食事、”最後の晩餐”の際、弟子達にぶどう酒とパンを分け与えられながら、「このパンは、あなた方に与える私の体。」「このワインは、神があなた方を救って下さるという、新しい契約を保障する物。つまり、あなた方の魂を救うために、私が流す血の代わり。」とおっしゃった事から、薄っぺらい無酵母のパン”hostia”を聖体・・・イエスの体、ぶどう酒をイエスの血として授かる儀式。 こうして、パンとぶどう酒をイエスの肉体として授けられる事により、イエスを通して、信者が聖なる者・・・神と交わる事を意味する。
また、カトリックにおいては、この儀式がミサの中心となり、神父は、パンをイエスの体、ぶどう酒を血に変える・・・聖変化(せいへんげ)させる力を持っているとされる。 初めての聖体拝領”First Communion"は、8歳前後の年齢で行われるらしい。
1時間ほど後、とても興奮した様子で帰って来た、本日の主役ソラジェとムギシャ。そんな彼らに初めて、大人と同じように儀式に参加した、その感想を聞いてみる私。
「初めてのコミ二オンは、とてもハッピーだったわ。」 「私達、子供だから、ワインは貰えないの。神父さんは、飲んでたけれどね。」 「パンはね、薄くて、丸くて、クラッカーみたいだったわ。でも、味は本当のパンみたい。」
こう、嬉々として話してくれたソラジェ。そして、そんなソラジェを見守るセラフィナもおとっつぁんも、いつもよりどことなく幸せそうに見えました。
 *パーティのために用意された料理の数々。今まで、食べたことのない食材を使った品も。
大切な儀式を終えた後は、皆が、お待ちかねのパーティです。 その日、同じ教会で、同じように”ファースト・コミュニオン”を済ませた子供達、その家族2組、セラフィナ一家の友人達も、一緒に参加しました。
セラフィナ一家はルワンダから、後の家族もコンゴ、ウガンダからと、アフリカンな料理が並ぶテーブルの上。 特にめずらしかったのは、”カサバ”と呼ばれる植物の葉っぱをパームオイルで炒め、ピーナッツバター、ビーフを加えて煮込んだ料理(写真・中央)と、その根っこにあたる、”カサバ芋”と豆(種類は不明)を蒸したような料理です。
カサバ芋からは、良質のでんぷんが採取され、タピオカの原料にもなるらしいのですが、芋自体には甘みがあって、まるで、さつま芋のようなお味。 また、カサバの葉をビーフと共に煮込んだ料理は、スパイス抜きの、インドのほうれん草カリーのよう。思ったよりも苦味はなく、加えられたピーナッツバターのコクと、その風味がほのかに感じられ、白いお米にもマッチします。
そうそう。多少、獣臭さが気になったけれど、骨付きのゴート(ヤギ)の肉をオーブンで焼いた物もありましたよ。
そんなこんなでこの日一日、セラフィナとその家族、そして、その友人達と過ごした訳なのですが、彼らと一緒にいると、気付かされる事が沢山。
印象だけで物を言ってしまえば、本当につまらない、些細な事で悩んでいる自分がバカらしくなるくらい、大らかで、陽気で、優しくて、ドシンと構えている・・・。
実を言えば、セラフィナんちのおとっつぁん・・・ノエルは、彼らの国ルワンダやアフリカが大きく抱える、人権問題の専門家。 多くは語ってくれませんが、多分、母国では相当な苦労をされて来た方だろうと思います。けれど、そんな事を微塵も感じさせない明るさと、そして、強さを感じさせてくれる、彼とその妻セラフィナ。
今の私には、そんな彼らから学ぶべき事が、沢山あるような気がしています。
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