菅家旅館 ~ボストン本店~
ボストン近郊の町にある、小さな小さなお宿でのお話。女将のナオコが、お料理の事や周辺の観光スポット、日々の生活等をふんわりと語ります。
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「大女将からの贈り物」の巻

数週間前、日本に住む菅家旅館の大女将・・・主人の母より、このような贈り物が届きました。

    okurimono.gif
*栄養ドリンクの箱に入った、大女将からの贈り物。箱に書かれた手紙も、素朴な母らしい・・・。

一同喜んで、封を解いたその箱の中身は、こちらでは手に入れる事のできない、さらし餡とパウダー状の寒天。

大女将には、彼女が菅家旅館 ボストン本店への視察に来られた際、このさらし餡を用いた”お萩”の作り方を教えてもらっていたのですが、材料入手の難しいこの地では、再び作る事もままならず・・・。(*カラーの文字をクリックすると、それに関しての記事に飛ぶ事ができます。)
それを知った大女将がわざわざ気を使い、送って来て下さったのです。私が一人でも、和菓子作りに挑戦できるようにと。

お萩を作ろうか、それとも、お汁粉を作ろうか・・・。
最初、何にしようかと考えたのですけれど、まずは、手軽で簡単な”水羊羹”から作ってみる事になりました。


材料(羊羹3本分) :
さらし餡1袋(180g)、砂糖400g、棒寒天1、5本、塩1つまみ、水(さらし餡用)600cc、
(寒天用)600cc

作り方 :
1、 棒寒天は細かくちぎり、水(分量外)でよく戻しておく。

2、 さらし餡をボールに開け、水600ccを加えてよくかき混ぜる。
水に混ざった餡が底に沈み、上澄みが完全に澄んでくるまで、静かに置いておく。

3、 水600ccと
水を切った寒天を大きめの鍋に入れ、沸騰させる。
沸騰したら弱火にし、砂糖を加え、ダマができないようにかき混ぜながら、5分程煮詰める。

4、 さらし餡は、上澄みを静かに捨ててから布巾の上にあけ、軽く水を絞って600g位の量にしておく。

5、 煮詰まった寒天に餡を加え、よくかき混ぜながら、十分に熱を通す。

7、 火を消した後、塩1つまみを加えて混ぜ、型に流し込む。

8、 水を張ったバットで十分に粗熱をとった後、冷蔵庫でよく冷やす。

9、 冷えた羊羹を好みの大きさにカットすれば、できあがり!

    youkan.gif
*甘みを抑えてあるので、市販の物よりもあっさり。本当は、夏向きのデザートかもしれませんね。

その他、美味しく作るポイントや、調理の参考になりそうな事をあげておくと・・・、

★ 寒天はよく戻す事。そうすると、ダマになりにくくなります。そして、餡と分離しにくくなるように、しっかり煮詰める事。
★ 今回は棒寒天を使いましたが、粉寒天でもどうぞ。その場合は、粉寒天6gに対して水600ccの割合になります。煮詰める工程は、省かない方が見た目美しく作れると思います。

★ 塩は、1つまみとしましたが、目安は小さじ1/4から1/
2杯くらいです。
砂糖の量も、350gから600gくらいの間で、好みの甘みに調節して下さい。また、使う砂糖の種類によって、コクや風味が違ってきます。
★ さらし餡が手に入らない場合は、市販の生餡やこし餡でも同じように作れます。(砂糖の量は、それぞれに調節が必要。)
★ 今回の分量は、さらし餡を1袋使い切るための物で、市販の羊羹3本分を目安としています。(各ご家庭にあった分量でお作り下さいませ。)



久々に食べた水羊羹は、あっさりとしていて、とても美味しかったです。
一度に沢山作ってしまったため、知人宅での集まりに持って行ったのですが、チャイニーズ系の方々にはお褒めをいただきました。
「中国でもあずきは使うけれど、日本のコレとはちょっと違うわね。コレなら、いくつでも食べられそう。」ですって。

そうそう、私から大女将にお礼の電話を入れた際、
「貴方達とボストンで過ごしたあの3週間が、夢のように思い出されてならないのよ・・・。」
と、話していた事を思い出しました。

きっと、大女将にとっては、一世一代の大冒険だったであろう、昨年のボストン視察。
(彼女にとっては、初めての海外旅行・・・、というより、国内でも殆ど、旅らしい事をした事がなかったそう。今まで、本当に一生懸命、一人で子供達を育て、堅実に生きて来られたのだと思います。)
大女将が、いえ、「お母さんが来たいと思ってくれるのなら、いつでも来て下さい。」と伝えたのだけれども、本当にまた、いらっしゃって下さるかしら。


・・・大女将から送られて来た材料を用いて水羊羹を作りつつ、ふと、そんな事を考えていたのでした。


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女将のひとり言「出会いと縁」の巻

皆様、こんばんは。
今回も引き続き、女将のひとり言にお付き合い下さいませ。


実はここ数日、当旅館にお出で下さるお客様が続いたり、逆に、私が他の方のお宅へお邪魔させていただいたりと、大変忙しくしておりました。
本日などは、日本からの旅行者である青年が、出合ったばかりだというのに訪ねて来て下さり、ご自分の宗教観や経験等を交えて、主人との会話に花を咲かせておりました。

私はただ、二人の話を黙って聞くばかりでしたが、彼と主人との言葉のやり取りがあまりにも真面目で興味深い物だったためか、これが本当に、ついさっき、数時間前に出合ったばかりの者同士の言葉のやり取りなのかと、妙に深い感銘を受けました。


以前からずっと考えている事ではあるのですが、人と人とのつながりは、会った回数や時間に関係なく、ふとした偶然からでも十分に構築し得る物。

この先も、彼にまた会う機会があるかもしれないし、もう、ないかもしれない。
けれど、今回のこの出会いが、菅家一同の中で何らかの意味を持ち、心に深く残る物となった事実は隠しようがありません。


・・・その昔。
私がまだ若く、時間と資金さえ手に入れば、一人、旅へと繰り出していたあの頃。

東北地方のとある里へと、出向いた時の事でした。
古くからの言伝えや伝説の多く残り、”民話の里”として知られるその地は、周囲を深い山々に囲まれ、段々と連なる田畑や清い小川の流れが今でも残る、本当に美しい所。
農村に育った事のない私でさえも、なぜか、無償に懐かしさがこみ上げてくる・・・、そんな場所でした。

観光を終え、次の目的地へと向かおうとバス停を目指して歩いていた私。

「ねえ。今度のバス、何分に来るか知ってる?」
いきなり、こう、声を掛けられたのです。

びっくりして振り返った先には、小柄な、まだ高校生のようにしか見えない少年が、ニコニコ笑いながら立っておりました。おまけに、片方の手には地ビールの紙コップ、もう片方の手にはキュウリを持って、何だかご機嫌の様子。
・・・私は、すぐに”河童”を思い浮かべてしまいました、彼を見るなり。(その地は、河童が住む里としても有名でした。)

始めは驚きを隠せない私でありましたが、妙に愛想がよく、人懐っこい”河童少年”につられ、お互いの年齢や所属、この地に来た理由や一人旅好きな事などを、バスを待つ時間だけでなく、その車中でも絶え間なく話し続けました。

話によると、”河童少年”は高校生ではなく、仙台市内にある大学で医師を目指して勉強中なのだとか。

バスの終着点に着いた後も、今まで話しただけでは話足らず、お互いの最終目的地行き、乗り換えバスが出るまでの間、延々と2時間近くも会話していた私と河童少年。
別れ際には、お互いの連絡先を交換し合い、「また、いつか、どこかで出会えるとよいね・・・」と言って別れたのです。
彼とはその後、一度も出会うことはありませんでしたが、数年前までは、気が付けば、お互い旅先から葉書を送り合うなどしておりました。


思い出しました!
彼、河童少年には、以前に、この地ボストンからの葉書をもらった事がありました。
例の如く、彼は一人旅で、この地で出来た友人の家に泊めてもらっていると書いてあったような・・・。

今になって思うのですよ、あれはいい出会いだったんだなと。
不思議な縁に結ばれていたのだなと。
そして、彼が人間として、医師として、私が出合った頃に感じた素直さを失わずにいてくれる事、願わずにはいられません。
だって、今はどうしているのか分からないけれど、彼と会ったのはたった1回だけだけれど、それでも、あの出会いは私にとって、人の目には見えない人と人とのつながり、縁を感じさせてくれる物だったから・・・。


人と人との縁って、どこで、どうなっているのか分からないけれど、本当に不思議な物ですね。
何の切っ掛けが、何の偶然が、人と人とを結びつけてくれているのか・・・。
一度きりの出会いであろうとも、長く続く関係であろうとも、大切な出会い、心に残る出会いは
あるものです。

でも、いつ、どこで、どんな状態で、それがやって来るのかは、私達人間には分からない。
だからね、いつでも心を開いておきたいのです。どんな人に対しても、どんな状況に対しても。

人に対して、素直に、率直に、真面目に。
でも、自己を強く持って、何事にも押しつぶされぬように。

どうか、これからも私達家族に、そして皆様に素敵な出会い、縁が訪れますように。



女将のひとり言「学ぶ」の巻

皆様、こんばんは。
今回は、私のちょっとした”ひとり言”にお付き合い下さいませ。


この地に越して来てから、以前よりも考え事をする時間が長くなりました。
自分について、家族について、日本について、米国について・・・、何をどれだけ考えたのか、自分でもわからなくなるくらい、気が付けば何かを考えてます。

今までの私が、そこまで考えなしの人間だったとは思わないけれど(結構理屈っぽくって、頑固なヤツだったと思うからね、今までも。)、三十数年間生きてきて、これほどにまでいろいろな事について考えよう、知ろうとした事が、未だかつてあったのだろうかと思うほどに、私の頭はフル回転しております。

それがね、漠然と”考えてる”だけじゃないんです、今までとは違って。
頭の中の疑問や知識欲が急に鮮やかさを持って、具体的に浮かび上がってくるの。これまでにはあまり経験した事のない、不思議な感覚・・・。

でも、これって外見だけではわからない変化ですよね、きっと。
自分だけ、あるいは、毎日話し相手になってもらっている主人だけにしか感じられない、小さな、小さな変化。(自身にとっては大きな意味を持つけれど。)


そうだなぁ。

例えば、道を歩いていて。
何人かの人達とすれ違いますよね、歩く速度を落とす事なく。
・・・ふとそんな中、お互いの視線が絡み合う瞬間がある。
そして、その一瞬だけ、口元をゆるめて微笑むんです、多くの人達が。
とてもにこやかに。

それが、相手に対しての”敵愾心はありませんよ”という態度を表す無意識の行為だという話は、以前にも聞いた事がありました。
でもね、なぜそういう行為をとらなければいけないのか、なぜこのような習慣が生まれたのか、どこからそれが来ているのか・・・。

考え出すと止まらないのです。

この辺りの、若しくは、米国全体の地域性が関係しているのか、または、ヨーロッパの国々の習慣だとするならば、そういう習慣のない日本との差はどこにあるのか。
キリスト教の宗教的な観念に基づいているのだとしたら、それはどんな部分に当たるのか・・・・などなどなど。

次から次へと疑問が噴出し、知らない事だらけ、わからない事だらけの自分に気付いてしまう。

       jiyu-no-megami.gif
 *自由の象徴といわれるStatue of Liberty。1886年、米国の独立100周年を祝って、フランスから贈られた。

そうしたら、次は、知識欲。
米国の成り立ちについて知りたい。人について知りたい。宗教心について知りたい。あるのだとしたら、国民性やこの辺りの地域性についても知りたい。
ここまできたら当然の事、米国のに関してだけでなく、自身の国”日本”についても、もっと知らなければならないはず・・・。

まるで、「なんで?」「どうして?」を繰り返す3歳児のように、考えを延々と巡らせつつも、人に尋ね、主人に教えを乞い、インターネットで調べ、私の拙い英語力で理解できる程度の物(主に、ニュースや小・中学生用かと思われる本だったりします。恥ずかしながら・・・。)を辞書を引き引き読み、少しずつではありますが、具体的に”学ぼう”としております。

あっ、英語に関しても、今のままでは学ぶ以前の問題ですので、改善の努力中です。
まともに話したり、読んだりするのには、まだまだ、相当の努力が必要になりそうですがね(涙)



・・・今、ここまで書いた物を読み返してみて、自分自身に一言。
「やっぱり3歳児レベルやん。何も知らんアホやんか、私!」

そうです。
私は何の知識も持たず、何の具体的な思索をして来なかったの、今まで。
きっと、漠然と考えていただけなんです、今までの私は。

変えなきゃ、もっと変えなければ。
勉強しなきゃ、もっと勉強しなければ。
努力しなきゃ、もっと努力しなければ。

今なら見える。今ならやれる。今ならできる。


とにかく、私、頑張ります。
自分自身で答えを見つけられるまで。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最後までお付き合い下さって、本当にありがとうございました。
私が、それほど多くの物についての学や知識のない事は事実ですし、ましてや、人に語れるほどの立派な人間ではない事、自身でもよく承知しております。

今はまだ、3歳児の如く、学ぶのみの我が身。
幼稚でちっぽけな疑問、発想だろうとは思いますが、もし、私のそれに対してのお考え、ご意見、お持ちの知識などございましたら、どうぞ、ご教授下さいませ。
宜しくお願い致します。

それでは、また。



「冬の散歩道」の巻

               jan2306-1.gif
              *ロングフェロー・ブリッジより、チャールズ川、ケンブリッジを望む。

こんばんは。
皆様、いかがお過ごしですか?

本日、菅家旅館一同は(・・・と言っても、従業員ジュンは学校へ通っており、加わっていないのですが)、ボストンの中心部、ダウンタウン・クロッシング駅周辺から、川向こうのケンドール・MIT駅まで、約3駅分の道のりを歩いてまいりました。

この区間、先日お話させていただいた”ボストン・コモン”という大きな公園や、レンガ造りの街並みが大変美しい、”ビーコン・ヒル”という高級住宅街等のみどころがあり、大きな観光地というほどではないけれど、ボストン周辺の何気ない日常風景を楽しむ事ができます。

また、チャールズ川を沿うように歩けば、自然な風景やボストン・ケンブリッジ周辺の街並みを、
四季折々いろいろな角度から望む事ができ、散歩道には最適。
天気の良い日などは、ランニングやサイクリングを楽しむ、周辺住民の方の姿を見る事ができます。
         

さて本日、私達が散歩の途中、眺める事のできた街並みの様子は・・・、

   jan2306-2.gif
*ロングフェローからボストン側を望む。(白く見えるのは、全て川を覆った氷の表面。)

・・・・このように寒々しいもの。
昨晩から静かに降り続いていた雪が薄っすらと積もり、辺りはすっかり冬景色です。

この周辺、夏期には、帆をはためかせながら行くヨットの姿や、ボートで遊ぶ人達の姿を見る事ができるのですが、今はただ、氷と雪に覆われた川の表面が冷たく見えるだけ。

でも私、見慣れた冬の様子が帰って来てくれて、正直、ホッとしております。
なぜなら、この厳しい冬を乗り越えないと春はやって来ない・・・、そんな思いを持っているからなのですよ。


追記。

そうそう、散歩の途中、天を見上げていたミィが、しみじみと言うのです。
「空から、スノー・マンが降って来たねぇ・・・」って。

彼女は、一体、どんな様子を想像していたのでしょう?

私、それが、大きな”雪だるま”でない事を祈ります。
だって、ドッシン、ドッシン、落ちて来たら怖いですもんね。”自然の驚異”どころの騒ぎではないですから(笑)



「一人でお酒を・・・」の巻

        wakamore.gif

皆様、こんばんは。
って事で、私、今晩はすでにワインを頂いております。

本日のおつまみは、ワカモレ(メキシコ風アボカドディップ)と、トルティーヤ・チップス。
まろやかなアボガドのディップに、コーンの粉から作られたこのチップスの香ばしさ。
これがまた、冷えた白ワインによく合うんだなぁ。うふふ・・・。


家事を終え、子供達の寝静まった深夜、こうやって一人でお酒を飲むのが私の楽しみ。
何回かに一度は主人も付き合ってくれるけれど、時にはぼんやりと考え事をしつつ、また、時にはパソコンに向かって考えをまとめつつ、一人でグラスを傾ける瞬間が、私の気分を解してくれるのです。

友人達やお客様と一緒に、ワイワイ、ガヤガヤ、楽しくお話をしながら頂くお酒もまた楽し。
こうして、一人でゆっくり、リラックスして頂くお酒もまた楽し。
今、この時間が、明日への活力を産み出している・・・。そんな気がするんですよ。

さあ、明日も一日、気合を入れて頑張ろうっと。
どうか、皆様の迎える明日が、より良い一日でありますように・・・。

おやすみなさい。



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ワカモレの簡単なレシピ

材料 : 
アボカド1個、玉葱、トマト各適宜、ライム or レモンの絞り汁、にんにく1かけ、塩、胡椒、コリアンダー(香菜)好みで


作り方 :
 1、 大きめのボールに、アボカドの皮と種をとった物を入れ、ライム、若しくはレモンを絞り入れる。
 2、 フォークで潰しながら、おろしにんにく、微塵切りの玉葱、トマト、コリアンダーを加え、更によく混ぜる。
 3、 塩・胡椒で味を調えれば、できあがり!

★ トルティーヤ・チップスの他、リッツやクラコットと一緒にどうぞ。又、白身魚や鶏肉のお料理に添えても、よく合いますよ。
★ 作る人によっては、チリ(唐辛子)やスパイスを加える人もいるそう。このレシピは、この国に来て初めて出来た友人、サリーから教えてもらった物です。



「中華粥を作ってみよう」の巻

皆様、こんばんは。

本日のボストン周辺は、晴天の中、雪がチラホラ舞うような寒い一日でございました。
ボストンとケンブリッジの間を流れるチャールズ川にも、数日前より薄い氷が張り始めており、少し遅くはありますが、本格的な冬の到来を感じさせられました。
まあ、そうは言ってもこれで例年並。今までの天候の方がおかしかったのでしょうけれど・・・。

        hotategayu1.gif

さて、上の写真。
実はこの”中華粥”、先日の金曜日に学校で腹痛を訴え、早退して来たジュンのために作った物なのです。
お子様をお持ちの方には、十分過ぎる程、理解していただけるのではないかと思うのですが、子供というものは、いつ何時病気をするかわからない、本当に大変なもの。
他の同年代の子供達より、身長も体重も一回り小さい彼の事、ましてやこの冷たい冬の季節においては、一度体調を崩すと元に戻るまで数週間もかかるのです。

「風邪や病気はなるべく早く、かかり始めに手を打て!」とばかりに、今回も即行動開始。
部屋の温度を上げ、加湿器で湿度を保ち、そして体を温める食事を用意し・・・と、薬を飲む前に風邪がどこかへ飛んで行ってしまいそうな様々な対策を講じた結果、本日は、何事もなかったかのように、元気良く家の中で跳ね回っている彼。

毎回毎回、本当にハラハラさせられますが、これが女将、いえ、母親の務めかと心して励んでいる次第です。

・・・と、そんなこんなで本日のお題に突入して行く訳ですが、以前にもこちらのブログにて書かせて頂いたように、風邪をひいた時、二日酔いで食欲のない時、何だか元気が出ない時などに、”菅家特製中華粥”の効果はテキメン!(カラーの文字をクリックすると、前回の記事に飛びます。)
熱々のお粥をいただいた後、そのまま布団をかぶって眠ってしまって下さいな。次の朝には、汗と共に悪い熱気も抜けて、すっきりとした気分になれるのです。

   hotategayu2.gif
*今回のトッピング。
正面より時計周りに・・・茹でた青梗菜を醤油、胡麻油、胡麻で和えた物。茹で海老と青葱。胡麻油風味の炒り卵(池波正太郎の小説の中に、登場してたような?)。お粥と共に煮込んだ鶏モモ肉をほぐし、白髪葱、塩、胡椒、胡麻油で和えた物。

では、そんな”菅家特製中華粥”の簡単なレシピを、こちらに紹介しておきましょう。

材料 : 
米1合、水約2ℓ、酒少々、干し貝柱2個(当旅館では、小柱を使用するので8個)、骨付き鶏もも肉2つ(米国において、皮付きの鶏肉は骨がついている。大きさは日本よりやや小ぶりな事が多い。日本で作る場合は、丸の骨付き鶏モモ肉1つ、又は手羽先や手羽もとを適宜用いる。)、しょうが1かけ、葱の青い部分、塩
*干し貝柱をお持ちでない方は、鶏肉だけでも十分に美味しいお粥が作れます。


作り方 :
1、 貝柱は前の晩より水、少々の酒で戻しておく。(時間のない場合はぬるま湯で。又は、レンジに数分間掛けるのも、速く戻す裏ワザです。)

2、 ほたての戻し汁と水合わせて2ℓと、しょうが、葱を大きめの鍋に入れ、火にかける。

3、 水が沸騰したら、よく洗った鳥モモ肉を入れ、もう一度沸騰させる。

4、 米を加え、最初は強火煮立った後は弱火で、米粒のとろけるまでコトコトと煮込んだら、塩で味を調える。

そして、美味しく調理するポイントなのですが、今回は、たった2つだけ。
★ まず、米を焦げつかさないように、気をつける事。日本のお粥とは違い、粘りが出ても問題ないので、粘りが出だしたらよくかき混ぜよう。
★ 米の粘りが強すぎたら、途中で水を注ぎ足しても良い。好みの硬さに仕上げよう。  


後は、好みのトッピングの具材を用意して(中ほどの写真、前回の記事を参照)、熱々のお粥と共にサーブすれば出来あがり!
干し貝柱を戻す手間を省けば、各ご家庭でも簡単に、レストランでいただくのにも負けない程の中華粥が楽しめますよ。

さあ、皆様も一度お試になられてはいかがですか?
もしも、ご自分でお作りになれない場合は・・・、
そう!そんな時はどうぞ、菅家旅館 ボストン本店をご利用下さいませ。
従業員一同、皆様のご来館をお待ちしております!



「ここが変だよ、日本食!in U.S.A.」の巻

皆様、こんばんは。
昨日からこちらも本格的に寒くなり、やっと冬らしい冬が来たという感じ。
従業員ミィの鼻水が一瞬にして凍るほど・・・ではありませんが、日中でも、屋外の水溜りは凍ったままでした。

さて、本日のお題は、こちらでいただく日本食について。

先日、「海外において、あまりにも変わった日本食が提供されている現状に、農林水産省が本物との選別を行う事を検討している・・・」という記事をみたのですが、このボストン周辺でも日本食を提供するレストランは非常に数多く、アメリカ人にもポピュラーな寿司などは、チェーン展開するマーケットやフードコート等でも購入できる程です。

もちろん、日本人の方が経営する寿司レストランもある事にはあるのですが、この辺りでよく見かけるのは、韓国料理と日本料理を共に扱うお店。
焼肉を食べながら、握り寿司をつまむのが当たり前になってしまうほど、この二国の料理は一緒の物として扱われがちです。(本当なんですってば!日本に帰った後、焼肉店に寿司メニューがないのを寂しいと感じてしまうかも・・・と思えるほど、普通にあるんですよ。)

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*日本料理店と称しているけれど・・・、右上は韓国料理”ダッカルビ”なのです。ご飯とてんぷらの盛り付けにも注目!

他に、”SUSHI”がメニューに載っている、マレーシアやタイ・レストラン等のアジア料理店を、町で見掛ける事も何度となくありました。
そういう例に関して、他所の国の人間が別の国の料理を作ろうとも問題はないのでしょうが、堂々と日本料理を名乗られる事に戸惑いを覚えるの私だけではないはず。(どうしてソレとコレとが同じ国の料理として出されているのか、本当に摩訶不思議。)


ただ、正直申し上げると、日本人の方の経営するレストランで食べたからと言って、絶対に美味しい日本食が食べれるとは限らない。
事実、値段が高いだけで、「これがカツ丼か~?これがラーメンか~?」って物を食べさせられる事も少なくはないし、意外や意外、オーガニック系の商品を扱うマーケットの寿司の方が美味しく感じられる事も多々あります。(ただし、カルフォルニアロールやサーモン、マグロに限っての話ですが。)

また、韓国系日本食レストランについて言えば、両国似たような食べ物が結構ありますので、些細な違いを意識さえしなければ、意外に美味しくいただく事ができます。
他のアジア系に関しては・・・、これも些細な事を気にさえしなければ(例えば、盛り付けや材料等)、美味しいと思えるのではないでしょうか。そう、日本食と思わず、日本風の食べ物だと思っていただけば、意外な美味しさを発見できるかもしれませんよ。
(中には、びっくり仰天!見た目も味も、日本風とは言い難い、恐ろしく美味しくない食べ物もございますが・・・。ソレに当たった場合は、運が悪かったとでも思って諦めましょう。)
        
   wasyokuinusa2.gif
*火山に見立てた玉葱に火を噴かさせる料理人。右は、着物風の衣装を見につけた米国人の女性店員。

後は、日本人経営の日本食レストランについて、美味しいお店を探すコツを、ここに少しだけ書いておきます。

★ オープンしたてのお店は、まだ、日本らしい味と美味しさを保っている事が多い。
・・・時と共に、アメリカ人に合わせた”質より量”に変化し、日本食が人気とあっては、さらに経営努力をしなくなるから。また、意外とコストのかかる出汁に関して、薄めに作ったり安物を使ったりするようになるので、必然的に美味しくなくなる。

★ 日本人客を多く持っているレストランを選ぶ。
・・・味が日本人好みの物なのか、他国の人向けなのかを判断する基準。ただし、その店がガイドブックに載っている場合には、これに当てはまらず。口コミ情報に頼るが吉。

★ 店内の観察をしてみる。
・・・いざ、店の前に立った時、さりげなく他のお客さんの表情を確かめてみる。店員がテキパキしているのかも、ついでに観察。美味しく食事をいただいている時は、誰しもいい顔をしているはず。また、店員の対応の良い店ならなおの事、期待も持てる。


私の、独断と偏見と今までの感!?によっての判断基準ですので、多少の偏りはお許しを。十分に満足できる日本食レストランが見つかるとよいですね。

・・・こう書いてはみたものの、日本でいただく日本食が一番なのは、紛れもない事実です。
水も、材料も、環境も、全て違っているのですし、自分の舌にぴたりと合う一品との出会いは、どこに住んでいても難しいのだから。

皆様へ。
本格的な日本料理・・・とまではいきませんが、当旅館でなら、一人一人ご意見を伺いつつ、お客様のお口に合うよう工夫した、”おふくろの味”ならぬ、関西の”オカンの味”をお楽しみいただけます。
皆様方の菅家旅館 ボストン本店へのご来館、心よりお待ち申し上げておりますよ。



「I have a dream・・・」の巻

昨日は、”Martin Luther King, Jr.'s Day"。
米国における人種差別・偏見に対して、非暴力的運動を行い、1964年には”ノーベル平和賞”を受賞した、キング牧師の誕生を祝う祝日でした。

キング牧師に関しては、”I have a dream・・・”のフレーズで知られる、ワシントン大行進”The March on Washington for Jobs and Freedom”での演説をご存知の方も多いはず。
当旅館の従業員ジュンは、学校生活の中でもキング牧師の生涯について学ぶ機会が多いらしく、このスピーチのさびに当たる部分を、私どもの前でも繰り返し、繰り返し、くちづさんでおります。


本当はこれを機に、この国の公民権運動についてお話してもよいのでは・・・と思ったのですが、私ではまだまだ勉強不足。えらそうに語れる立場ではありません。
ですから、本日は上のスピーチの一部を抜粋して、こちらに紹介させていただきたいと思います。
(日本語訳については、下記のサイトをご参考になさって下さいませ。)

     mlk.ht2.jpg

I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed. "We hold these truths to be self-evident: that all men are created equal."

I have a dream that one day out in the red hills of Georgia the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together at the table of brotherhood.

I have a dream that one day even the state of Mississippi, a state sweltering with the heat of oppression, will be transformed into an oasis of freedom and justice.

I have a dream that my four little children will one day live in a nation where they will not be judged by the color of their skin but by their character.

I have a dream today.

I have a dream that one day down in Alabama, with its vicious racists, with its governor having his lips dripping with the words of interposition and nullification; that one day right down in Alabama little black boys and black girls will be able to join hands with little white boys and white girls as sisters and brothers.

I have a dream today.

I have a dream that one day every valley shall be engulfed, every hill shall be exalted and every mountain shall be made low, the rough places will be made plains and the crooked places will be made straight and the glory of the Lord shall be revealed and all flesh shall see it together.

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Kaede/2431/mlk.html


”We keep the dream alive・・・”
・・・・ジュンがこう言うのですよ、スピーチの一節をくちづさんだ後に必ず。
きっと、学校で覚えて来た言葉なのでしょうが、その気持ちをずっとずっと忘れないで欲しいと願う私です。



ボストン・コモン「歩き疲れたら・・・」の巻

皆様、こんばんは。
本日のボストン周辺は、シトシトと雨が降ったり止んだりの一日でございました。

思い返せばこの天候、私がこの地にやって来た一昨年の4月、5月と同じくらいの気温(長雨が続き、春なのにとても寒かった。)ではないかと思えるほど、例年ならば考えられないくらいの暖かさ。
そんな中私の読んだ「今年は、ホームレスなどの凍死者が一人も出ていない」というニュースは、予想外にもたらされたこの暖冬の好影響の一つではありましょうが、植物や生態系に与える影響についての良し悪しは・・・、皆様が其々に感じる事、それが正しい答えなのではないでしょうか。
                 
   risu.gif
*ボストン・コモンのリス。近隣の町の住宅街でもよく見られます。

さて、今夜は久々に、”ボストンの町”についてのお話。

地下鉄(通称T)の”レッドライン”と”グリーンライン”が交差する”パークストリート”の駅、その駅から地上へと繋がる階段を上がった場所に、広々と広がる緑の大きな公園、それが今日のお題 ”ボストン・コモン”です。

時はまだ、イギリス(ヨーロッパ)によるの植民地支配の時代であった1634年、その当時のマサチューセッツ行政府が購入した土地が、市民の憩いの場として親しまれ、”ボストン・コモン(公共の場)”と広く呼ばれるようになったのは後の事。また公園としては、アメリカで最古の歴史を持つのだそうです。

当初、放牧地や集会の場だった物が軍隊の訓練場や処刑の場として、また1775年には、独立戦争勃発のきっかけとなった戦いの場、レキシントン、コンコードへ侵攻するイギリス軍の野営地として、時の流れによって様々な使われ方をして来たようです。

現在では名前の通り、周辺住民の憩いの場として、のんびりと芝生の上に横になったり、ランチを食べたりする人々の姿が見受けられる他、公園内での様々なイベントの会場としても利用されています。

   kaeruandmie.gif
*「何を釣ってるの?」ボストン・コモン内のフロッグ・ポンドに向かって、釣りをする”カエル”の像。

まず、この公園にやって来て多く目に入るのが、”フライド・ドゥ”と呼ばれる、平たく、大きく伸ばした生地をサッと揚げた、ドーナツのようなお菓子とレモネード、プリッツェルを売る屋台。(他にも、観光地らしく、Tシャツやお土産物を売る屋台も。)
先の”フライド・ドゥ”は、カウンターに置いてある粉砂糖・シナモンを、自分の好きなだけ振り掛けて食べるスタイル。
お味の方は・・・、揚げ立ての物であれば美味しいと思いますし、私個人としては好きなのですが、どうかしらん?油っこいと感じる方もいらっしゃるようなので・・・。
まあ、日本ではあまり見られないお菓子ですので、興味のある方はお試しあれ。熱々、フワフワ、モチモチの不思議な食感です。

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*”フロッグ・ポンド”のスケートリンク。写真を撮影した日は平日だったので、空いていました。

また、本来は冷え込みが厳しく、川や池なども氷に覆われてしまうこの地方の事、屋内・屋外を問わずアイススケート・リンクが各所に点在しているのですが、公園中ほどにある”フロッグ・ポンド(かえる池!?)”でも、屋外スケート場がオープンし、上手下手関係なく、皆がスケートに嬉々と興じているのが見られます。
実はまだ一度として、菅家旅館一同皆でスケートをした事がないのですが、従業員達の切なる要望も出ていますので、その内、こちらを利用してみたいと思っております。

(上記についての補足。
上にも書いたような状況下、自分自身のスケート靴を持ってらっしゃる方が、意外と多いようです。
また、地元のアイスホッケーチーム・ブルーインズの人気にも見て取れるように、スケート競技やアイスホッケーがとても盛んに行われており、地域ごとに小さなチームがあったり、小学生向けの教室を催していたりと、この地方では、幼い頃からスケートに親しむ環境下にあるようです。)


本日は季節柄、冬季の様子について多くをお話させていただきましたが、春、夏、秋、冬、四季を通してゆっくりと寛げる場所、それがこの”ボストン・コモン”です。
もし、貴方がボストン・コモンに訪れる機会があるのなら、片手にレモネード、もう片手にはフライド・ドゥを持って、芝生やベンチに腰掛けてみて下さいな。
都会の中にある緑多きこの場所が、貴方の心をホッとさせ、疲れを癒してくれますよ。



女将のひとり言「この地球を守るのは?」の巻

本日も、”菅家旅館”とは何の関係もない私個人のひとり言、いいえ、自身の持つ考えをここに記しながら、まとめていきたいと思っております。
何だか重苦しい話題ではございますが、宜しければ、少しの間お付き合い下さいませ。


前回の記事に、

”本来ならば、ボストンとケンブリッジの間を流れるチャールズ川が凍りつく程、寒さの厳しいこの地域、今年は異様な暖かさのせいか、川を覆う氷を一度も見る事がないまま、1月も半ばに差しかかろうとしております。
風が冷たく吹く日も、気温がマイナスを下回る日もある事にはあったのですが、例年のような凍て付く寒さがない分、過ごしやすくもどことなく不自然さを感じてしまう私です。”

と書かせていただいたのですが、次の日には一変して、この地方の冬らしい、芯から凍えるような冷たい一日がやって参りました。
このままこの天候が続くのか、はたまた、暖かくなったり寒くなったりを繰り返すのかはわかりませんが、この冬が例年にない”おかしな冬”である事には違いありません。
                                                              

さて最近、私と主人の間、友人間でも、各地で起こる異常な気象現象やそれに対する取り組みについての話が話題にのぼる事が多く、熱を入れて語り合う事がしばしばありました。

確かに近年、世界的に見ても、様々な要因による地球温暖化が引き起こす、このような異常気象現象についての注目度が高まった分、一般の人々の意識も変わりつつあるのは事実のようです。
企業や各団体の取り組みもしかり、ハイブリッド車やエコなんていう言葉も巷ではよく聞かれます。

また、地球の環境問題、温暖化の恐怖を訴えた、元副大統領アル・ゴア氏出演の映画「不都合な真実”An Inconvenient Truth"」は米国でロングランとなり世界各国で公開、もちろん日本でも1月20日に封切られるとの事。
この映画が日本でも注目されている事は、ネットで検索していて知りました。
(私がたまにお邪魔させていただくミュジニーさんのブログや、最近おめでたい事があった女優、藤原紀香さんのブログにもそのタイトルが見て取れます。)

本日は、この映画の内容について云々したい訳ではありませんので、大きくは触れませんが、この映画に漂うアル・ゴア氏の政治臭(2008年の大統領選への再出馬が注目されているらしい。)はともかくとしても、彼の環境問題に対する姿勢とその訴えには、安穏と暮らしている私達がこの問題をもっと真剣に考え、取り組まなければならないであろう事を知らしめす、何かがあるような気がします。

地球に迫り来る脅威を、ただ、怖いと思うのではなく、それをどうやって食い止めるのか・・・。
この環境問題への注目度の高まりを、一時的な流行として終わらせないためにも、一人一人がその点について考える、この映画がその切っ掛けの一つとなれば・・・と願っております。

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*あまりにも青く澄んだ冬の空。

・・・・そう書きつつも、今、米国に住んでいて思う事、それは、この国の社会のあり方です。

世界一の消費大国である”アメリカ”。

「どんどん作って、どんどん使って、どんどん捨てる」・・・この言葉を絵に描いたような社会、人々の生活。そして、それに伴って起こっているのであろう、環境破壊。

世界一の二酸化炭排出国であるのにも関わらず、地球温暖化の原因である温室効果ガスの削減を目標として盛り込んだ、京都議定書の内容を受諾しない”アメリカ”。

上に登場したアル・ゴア氏も関係しておりますが、もし彼が政府内で力を持ち(大統領就任!?)、このまま問題を訴え続けたとしても、環境破壊という負の要因を作り出している企業と、それとの癒着によって支えられているであろう政治家の持つ利権や支持率、お金の問題などが絡んでは、実際の問題解決のために必要な活動、各国政府間での取り決め等が上手くいかないのではないか・・・。


「今後、地球温暖化をストップさせるのは、アメリカにかかっている。」
これは、自然科学を学び、環境問題について興味を持っている我が友人の言葉です。

発展途上の国々や人口が世界一多く、規制の基準があいまいな某国、もちろん日本も含まれておりますが、他にも環境破壊においての問題を抱えている国は少なくはないでしょう。
ですが、先進国としての立場上、アメリカが国家レベルで問題を解決しない事には、地球の温暖化による異常気象や人類の破滅への道を食い止める事はできないのではないでしょうか?

そして、環境問題に関する活動家としてのアル・ゴア氏の姿が、政治活動のためのポーズなのか実際のライフワークなのか、私にはわかりません。
けれども、彼の訴えによって、アメリカ国民だけでなく世界各国の人々が、自然環境の破壊に対する問題意識を新たにし、その事によって状況が改善されるのならば・・・との願いも捨て切れません。

国家と政治家、企業、そして人間一人一人の意識と実際の行動が伴わなくては、地球の温暖化、異常気象、至っては地球の生態系の破滅を食い止める事はできない・・・。

結果、人類、生命体が滅びたとしても、それは長い地球の歴史の一瞬に過ぎない。人間が中心のこの星の現在は、短かろうとも、長かろうとも、いずれ終わりが来るのだから。ただ、その時期を速めるのも、遅めるのも、人間次第だという事は忘れてはならない。

心の中のどこかでそう考える自分に気付きつつ、生み出たその内容の重さにそれ以上言葉が出てこない・・・。

私がここで一人考えていようとも、一人では何もできやしないし、本当の事は誰にも分かりやしない。かといって、何の問題意識も持たず、ただ「怖いわね」だけで終わらす気にもならない。
さらには、考えているだけで、行動にうつさなけりゃ何の意味もない。

では、どういう方法で、どういう手段で、どういう心構えで、私自身は過ごすべきなのか?


・・・結局のところ、自身への答えは未だ見つかりません。
ただ、理解できたのは、地球や環境を常に意識しながら暮らすって事が大切だという点。それが、人としての道、モラルの問題なんだという事。

国としての問題や政治絡みの事に踏み込めば踏み込むほど、自身の小さな意識を大切にしようという気持ちが芽生えたのも事実です。
きっと、この先も答えを探して立ち止まる事が多々あるのだろうけれど、しっかりとした自分自身の
言葉が見つかるまで、私は考える事を止めません、絶対に。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
上で述べた内容について、読みかじった程度の少ない情報で感じた事を、自分なりに言葉にしてみただけの物です。もしかしたら、思い切り、的外れのアホな事を言っているのかも・・・、と思ったりもします。本当に、乱文をお目にかけて申し訳ありません。
もしも、何かお気付きの点がございましたら、教えていただきたく願っております。
それでは。




「ご馳走をいただく気分で」の巻

本来ならば、ボストンとケンブリッジの間を流れるチャールズ川が凍りつく程、寒さの厳しいこの地域、今年は異様な暖かさのせいか、川を覆う氷を一度も見る事がないまま、1月も半ばに差しかかろうとしております。
風が冷たく吹く日も、気温がマイナスを下回る日もある事にはあったのですが、例年のような凍て付く寒さがない分、過ごしやすくもどことなく不自然さを感じてしまう私です。

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*お皿に盛り付けられたラム肉。付け合せは、プチトマトのオーブン焼きと茹でたブロッコリー。
トマトとポテトのポタージュのスープ、シーザーサラダも御一緒にどうぞ。

まあ、このおかしな天候については静かに先を見守る事として、本日は、菅家旅館一押しの一品として、”ラム肉の香草パン粉焼き ~マスタード風味~”の簡単なレシピを、皆様に紹介させていただこうと思います。

最近では、コレステロールを減らす働きや含まれる豊富なアミノ酸において等、ダイエット効果を高める食品として注目される事の多いラム肉ですが、こちらでは、おなじみのフレンチラックを始めとした様々な部位を一般のマーケットで扱っているため、手軽に仕入れる事ができます。
また、値段も日本よりは比較的安価で、おまけに健康的な食材であるため、当旅館では日常的にお食事の材料として使用いたしております。


今回紹介させていただく”ラム肉の香草パン粉焼き ~マスタード風味~”は、数あるラム肉料理の中でも一番のおすすめメニュー。マスタードの酸味と香草パン粉の香がラム肉特有の臭いを押さえ、肉の持つクセの強さを美味しい個性へと上手く変化させた、とっておきの一品です。

菅家旅館で召し上がっていただくのはもちろんの事、各ご家庭でも意外と美味しく調理する事ができますので、機会があればどうぞお試し下さいませ。

家族や仲の良い友人と共に過ごす何気ない夕食の時、オーブンから取り出したばかりのラム肉をテーブルへと運べば、きっと、もうそれだけで、ご馳走をいただいているような幸せな気分になれる事は言うまでもありません。

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*表面のパン粉はサックリと、中身は、熱が通りつつもレアに仕上がったラム肉。


材料 :
ラムのフレンチラック及びステーキ用の部分(赤身が多い物)、粒マスタード、ニンニク2かけ、パン粉、パセリやタイム、ローズマリー等好みのハーブ(当旅館では、ハーブのかわりに作り置きのジェノべーゼソースを用いています。)、オリーブオイル、塩、黒胡椒。

1、 室温に戻したラム肉は余分な脂肪をきれいに取り除きます。(脂が独特の臭いの元となるため。)

2、 パン粉に、おろしたニンニク1かけ、ハーブ類(若しくはジェノベーゼソース)を混ぜておきます。

3、 フライパンにオリーブオイル、潰したニンニク1かけを入れてから弱火にかけ、香を引き出します。

4、 ニンニクを取り出した後の高温の油で、塩・胡椒をしたラム肉の両面を軽く焼きます。

5、 天板にラム肉を並べ、表面に粒マスタードを薄く塗り、さらにパン粉を押し付けるようにして乗せます。

6、 200℃に熱したオーブンで、7分から10分焼きます。(肉の厚さや好みの焼き加減によって、時間は調節してください。)

7、 好みの付け合せと共にお皿に盛り付ければ、できあがり!


美味しく調理するポイント :
・ 必ず、30分程おいて室温に戻す事。(焼き上がりが違います。)
・ できるだけ新鮮な、赤身の肉を選ぶ事。
(臭い防止のため。好みで、香味野菜と白ワイン、オリーブオイルで前日からマリネしても良いが、肉本来の味を楽しむのなら、そのままで。)
・ 塩、胡椒は焼く直前に、よくすり込む事。
・ フライパンには必ず、ニンニクと油を先に入れる事。(ニンニクが焦げるのを防ぎます。)
・  焼きすぎず、レアで仕上げる事。(焼きすぎると、肉が硬くなる。)
・ 調理してすぐに食べる事。(冷めると、脂の臭いが気になる事があるため。)


ほうら、そんなに難しくはないでしょう?
ポイントをしっかりと踏まえて調理すれば、レストランでいただくような、素敵なお料理に仕上げる事ができるはず。
当旅館のように、ハーブをジェノベーゼソースに変えたり、肉を好みの味でマリネしたりする事によって、各ご家庭オリジナルの一品に仕上げる事も可能です。

さあ、たまには普段の夕食に少しだけ時間をかけて、ご馳走をいただいている雰囲気を味わってみられるのも良いかもしれませよ。



ニューヨーク「お土産」の巻

皆様、こんばんは。

ここ数日、当地では、まるで冬を飛び越して春がやって来たと思える位の、本当に暖かい日が続いております。
昨日などは、半そでTシャツ一枚でも過ごせるほどの陽気でした。
これも、世界各地で起こっている異常気象現象の一つなのでしょうか。
嗚呼、冬はどこに行ってしまったの!?


さて、本日のお題は、今回の旅先・ニューヨークで、従業員達が仕入れてきた”お土産”について。

「観光について書く前から、”お土産”にまで飛んでしまうとは何事ぞ!」
こんな声も聞こえてきそうではありますが、まあまあ、お子様ランチについている”おまけ”を、先に開けてしまう”フライング”のような物だと思って、御笑覧下さいませ。

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で、これが噂!?のお土産なのですが、見た目そのまんま、思いっきり”自由の女神”を模った物。
大きさも、隣の紙マッチと比べていただけると、良くお分かりいただけると思うのですが、それ程大きな物ではありません。

が、しかし、この人形を水中に数日間置くと、
ホレ、このように・・・

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約3倍もの大きさになるのです。(わかりにくいので、隣の紙マッチと比べてみましょう。)
おおお~!すごいですね、確実に成長しております。

そして、ここまで大きくなった自由の女神ですが、数日かけて乾燥させると、また元の大きさに戻るのだとか。是非是非試してみようと、従業員達も楽しみにしております。
(近日中に実験開始予定。)


・・・って事は置いておいても、このお土産。
修学旅行や遠足で足を運ぶ観光地に必ず置いてある、チープで、何の役にも立たなくて、それが分かっているのに欲しくなってしまう、あのお土産の持つノリに似ていませんか?

米国の大都会、ニューヨークにもこんなお土産が売っているだなんて・・・と思うと、一人で大笑いしてしまった私でしたが、まあ、世界各地どこにあっても、観光地は観光地。
それに、買う人間がいるから売っているんですよね、菅家旅館一同のように。(普通の大人は、子供が欲しがっても止めるような気がする・・・。)


そうは言いつつ、毎日毎日じわじわと成長する”自由の女神”に、皆で洗面器の中を覗き込みながら、
「今日も大きぃなってるでぇ。」「どんだけ大きくなるんやろ?」等と喜んでいたのですから、これはこれで”良いお土産”なのかしらん。

水中で徐々に成長する、この”自由の女神”。
欲しいと思った方は(そんな奇特な人、おらんやろうけど・・・。)、マンハッタン、リトルイタリー辺りの、怪しげなお土産物屋を探してみて下さい。
きっと、中国系のおばちゃんが、イタリア国旗なんかと一緒に売ってるはずですから。

それでは、本日はこの辺で失礼いたします。



追伸。

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今日は1月7日。
本当のところ、”七草粥”について書こうと思っていたのですが、やはり材料が手に入らず、”一草粥”に。(”すずしろ(大根)”一品だけしか揃わなかったので、人参と三つ葉を加えてみましたが・・・。)
食材店によっては、”すずな(かぶ)”や”せり”も売っているのでしょうが、う~ん、無念!
よって、本日のお題は、冗談のような”お土産話”になってしまったのでした。
ちゃん♪ちゃん♪



フィラデルフィア「チャイナタウンで大いに食らう」の巻

皆様、こんばんは。
本日は、ご要望のありました先日の旅先での事について、少しばかりお話してみたいと思います。

・・・とは言ってみた物の、旅の目的であったフィラデルフィアのリバティー・ベルや、トマス・ジェファーソンによる独立宣言が採択されたインディペンデンス・ホール、ニューヨークのエリス島にある移民博物館について書くのには、まだまだ時間がかかりそう。

移民史の話から、なぜか公民権運動やネイティブ・アメリカンの話にまで興味が広がってしまって、直接関係のないインターネット上のサイトを読み漁ったりと、全く前に進む気配がないのです。

なので、本日のお題は手っ取り早く、女将の得意分野!?の食べ物の事。フィラデルフィアのチャイナタウンでいただいたお食事について、サササッと書き進めてまいります。
(すみません、やっぱり私の阿呆が露呈してしまいましたね。)

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実は、今回の旅の行程でフィラデルフィアに滞在した2泊中、菅家旅館一同がチャイナタウンで食事した回数は3回。
正確に言えば、ドギーバッグ”お持ち帰り”した品を昼食時にもいただいておりましたので、4~5食分は中華を食べていた事になります。

菅家一同、取り立てての中華好きという訳ではないのですが、同じアジア人だからでしょうか、チャイナタウンの持つ独特の雰囲気が、なぜかしら心地よく感じられるのです。


さて、これらの食事の中で、到着したばかりの一同の体を温めてくれた中華粥も大変美味しく感じられたのですが、さらに特筆すべきはコレ!
土鍋に入った”Braised Softshell turtle with Mushroom and Banboo shoot”(上の写真)でございます。簡単に言えば、”スッポンと椎茸と筍の蒸し煮”といったところでしょうか。

普段は口にする事もないスッポンですが、ご存知の通り、滋養強壮剤としての効果も大。
菅家旅館一同の旅の疲れ(まだ、先の風邪を皆が引きずりつつの旅だったためか!?)が、一度に癒えた気がいたしました。
お味の方も、和風の鍋でいただくそれと違って、コッテリとはしておりますが臭みも感じさせず、とろみ(多分、スッポンの脂やゼラチン質が溶け出した物)のついた醤油味のスープが何ともいえず感動的でした。

どこでも食べられる品ではないかもしれませんが、中華料理店でスッポンを見かけたら、ぜひ、お試し下さいませ。アンコウ等のゼラチン質がお好きな方には、お勧めです。

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次に紹介しますのは、”Sauteed Frog with Lily bulb and Garlic””蛙と百合根と大蒜の炒め物”。

蛙と聞くと、やはり食べ付けていない物ではありますので、生臭さ、若しくはその姿形を気にされる方が多いかとは思いますが、白身の魚や引き締まった鶏の肉を思わせるその食感に、淡白なお味の身は、一度味を覚えてしまうと癖になる位の美味しさ。
さすがに小さな骨は多いのですが、魚のソレ程ではありません。

日本でもおなじみの”姿揚げ”では、形が気になってしまう上に、冷めた時に多少の臭みが出てしまうようですが(新鮮で、処理が適切な物であれば、大丈夫。)、この調理法では臭いは全く気にならず、身も小さくばらしてあるため、蛙と聞かなければわからない程です。

また、蛙と一緒に炒めた百合根とチャイニーズセロリの香・食感と、シンプルな味付けが、淡白な蛙の味をさらに引き立てておりました。


本日の紹介した品々について、多少”珍味紹介”の気があるものの、先入観を捨てて一度口にしてしまえば、きっと、皆様のお気にも召していただけるはず。
どうぞ、機会があればお試し下さいませ。
それでは、また。



~ これらの品をいただいたお店について ~

(中華粥)
天旺大飯店(Ting Wong Restaurant)  
住所 : 138 N. 10th St.
      Philadelphia,PA 19107
電話 : (215)928-1883 or 1880
HP : http://www.phillychinatown.com/tingwong.htm

メモ : どうも、朝食用?のテイクアウトのためのお客様(中国系の方)が多かったよう。店内においては、ワンタン麺のようなエッグヌードル系、若しくはお粥のオーダーをしておられる方が多いように見えました。


(スッポン、蛙)
太湖海鮮酒家(Tai Lake Restaurant) 
住所 : 134 N. 10th St.
      Philadelphia,PA 19107 
電話 : (215)922-0698


メモ : 海鮮系が中心のよう。後の席の方が食べていた、ハーフシェルの牡蠣(生か火を通した物かは不明)や、蟹をトウチジャンで炒めたような物が美味しそうでした。店先には、魚類が入った水槽が。(もちろん、蛙も!)



「婆さまと・・・」の巻

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皆様、こんばんは。
前回、私の亡くなった婆さまについて少し触れたのを機に、本日はその婆さまとの思い出話に少しの間、お付き合い下さいませ。


私の婆さまという人は、見た目、田舎のどこにでもいるような”おばあちゃん”だったのですが、実は大変ハイカラな物好きで、料理の上手い、人懐っこい人でした。

「美味しいもんを作ろうと思ったら、お店の美味しいもんも食べなきゃねぇ。」
そう言いながら、新しくできたレストランや喫茶店に私を連れて行っては、ご馳走してくれたものです。
また、毎日、田舎風の煮物や野菜を中心とした自分達夫婦の食事とは別に、若い人が好むような食事や手作りの素朴なお菓子を私達向けに作ってくれておりました。


そんな婆さまが、特に気合を入れて食事を用意していたのが、お客様がいらっしゃる日と季節ごとの行事の日。
カラリと揚げた鶏のチューリップに色とりどりのサラダ、ケーキを模したチラシ寿司と、最後には手作りのデザート・・・。そして、食卓に並ぶ数々のご馳走に喜ぶお客様や私達の顔を見ながら、自分も満足そうに笑うのです。
料理自体は決して垢抜けた物ではありませんでしたが、婆さまが一生懸命心を込めて作った、素敵な素敵なご馳走でした。
                                                                 
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  *オーブンに入れる直前。お腹にはマッシュルームピラフ、赤い皮のポテトを共に焼きました。

私の実家のクリスマスというのもその例には漏れず、骨付きの鶏のモモ肉をオーブンで焼くのが、毎年の習慣になっておりました。

「そのうち・・・。そうだ、できるんだったら来年は丸鶏にしようねぇ。あれはね、焼くのに時間がかかるけれど、美味しいんだよぉ。お腹の中にね、お米やら野菜を一杯詰めて焼くとね、それがまた、すごく美味しいんだよ。」
毎年毎年、婆さまは私にそう言いましたが、結局、彼女が元気な内に、それは一度も実現する事がありませんでした。

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  *手作りのブッシュ・ド・ノエル。婆さまとは、家の形のデコレーションケーキを、毎年作ったなぁ。

さて、今回のクリスマス。
イブの前日23日に、菅家旅館でもささやかなホームパーティーを開きました。
その昔、婆さまが私達家族のためにやったように、私もクリスマスケーキを焼き、デコレーションし、そして、鶏を焼きました。
お腹にはお米を一杯詰めて、丸鶏を焼きました。

その、焼かれた丸鶏を、主人と子供達、親しくさせていただいている友人とその息子さんと一緒にいただいたのです。婆さまの思い出話をしながら・・・。


今日、私がこうして、主人や子供達に対してはもちろんの事、友人やお客様に食事を用意する際に感じる心持は、きっと婆さまから譲り受けたもののような気がいたします。
彼女もこうして、家族や孫、お客様の嬉しそうな顔が見たいから、ただ、それだけのために頑張っていたのだなと。

おばあちゃん、ありがとう。私に、ええもん残してくれて。



追伸。
当日、私の急な我がままにお付き合い下さった、kazbonさま。
ありがとうございました。
彼女はその日、子供達のために、クッキーを焼く準備までして下さいました。
本当に感謝しております。



「正月と麦とろ飯」の巻

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皆様、こんにちは。
本日は、正月に食べる”麦とろ飯”の事について、少し書いてみたいと思います。

本来1月3日に、その年の健康を願って(又は、正月三が日食べ続ける御節料理で疲れた胃を休めるため)いただくとろろ汁の事を、”3日とろろ”と呼ぶ地域があるそうですが、女将の生まれ育った家庭では、元日の明けた1月2日に朝風呂に入り、その後いただくのが、上の写真のような”麦とろ飯”でございました。

元々、どこの地域で行われている風習なのか、私には定かではありませんが、我が生まれ故郷に住む友人からは、正月にそのような事をするとは聞いた事がありませんでしたので、きっと、私の亡くなった婆さまが、その父方、又は母方の家の風習を嫁ぎ先に持ち込んだのが、我が実家での始まりではないかと思います。

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*とろろを食べる前後には、酢水に浸したお絞りで手や口の周辺を拭うと、痒みがましになるようです。

さて、日本の反対側ボストンの地の菅家旅館でも、私が持ち込んだこの風習を、毎年1月2日には絶やさずに行っております。(朝風呂に関しては、いろいろな事情があるために断念しております。)

さすがに、実家で用いていた”丹波篠山産の山芋”は手に入れる事ができませんが、通常の長芋を卸した物にだし汁、卵の黄身を加え、その雰囲気だけは壊さぬように務めているのですが、お母さん、どうですか?
(お客様、申し訳ありません。どうしても、この事を母に伝えたかったので。)


「とろろはね、粘っているだろぅ。だからね、これを食べるとねぇ、人も粘りがでるんだよぉ。」

あつあつの麦飯にかけたとろろ汁を、すすりながらそう言う婆さまの姿を頭に思い浮かべつつ、菅家一同も、粘って、粘って、今年一年を頑張っていかなければ・・・、そう思う私でございました。



「菅家のおせち」の巻

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皆様、こんばんは。
本日からは、普段どおりの菅家旅館 ボストン本店として、お料理の紹介やこちらでの日々の暮らしについてのお話をしていきたいと思っております。


さて、本年第一弾のお題は、やはり”おせち料理”について。

菅家旅館のございますこの地では、日本的なおせち料理を作るための材料を手に入れる事がなかなか難しく、どうしても出来合いの品を買い求めるか、限られた材料にて作るかになってしまいます。
お頭付きの鯛もクワイも、日本食材店には売っておりませんし、もし売っていたとしても数が少なくすぐに売り切れてしまうようです。

当旅館のおせちもそうした事情から、手に入る材料とあり合わせのおつまみ程度の物になってしまうのですが、本年も上の写真のようになんとか用意する事ができました。

(・手前右の皿:サーモンと玉ねぎスライス、生ハム、チーズ2種 ・左:クラッカー 
・四角の皿:いくら、なます、紅白かまぼこ、かずのこ、煮豆 ・隣の小さな皿:さつま芋のきんとん2種(抹茶風味と通常の物) ・右奥の器:お煮〆 ・左奥の皿:卵焼き、鶏のつくね、塩鮭の焼き物)
   
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*当旅館のお雑煮。本来、私の実家では丸餅と三つ葉を使うのですが、こちらでは角餅と葱で。

昨年のお正月は、日本よりのお客さまがいらっしゃったため、ここにロブスターや偶然手に入れる事のできた小鯛がそえてあったりしたのですが、今年は菅家旅館一同だけ。
本当に静かでささやかではありましたが、幸せな気持ちで元日を過ごす事ができました。

明日からはジュンの学校も始まり、また、普段の生活が戻ってまいります。
地に足をしっかりつけて日々暮らしていけるよう、踏ん張らなくてはいけませんね。



「ウルトラ5つの誓い」の巻

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     *ボストンコモンの氷の彫刻。沢山の人が新年のカウントダウンのために集まります。

皆様、明けましておめでとうございます。
どうぞ今年も、菅家旅館 ボストン本店一同の事、宜しくお願い申し上げます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~ウルトラ 5つの誓い~

一つ、 腹ペコのまま学校に行かぬこと。
一つ、 天気のいい日に布団を干すこと。
一つ、 道を歩くときに車に気をつけること。
一つ、 他人の力を頼りにしないこと。
一つ、 土の上を裸足で走り回って遊ぶこと。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ところで皆様、この”ウルトラ 5つの誓い”をご存知でしょうか?
多分、私と同年代、又は年配の男性の方ならば記憶にあるはず。
今から30年以上も前に放送されていた”帰ってきたウルトラマン”の最終回、主人公の郷 秀樹(ウルトラマン)が同居人でもあった次郎少年に立てさせた誓いの言葉です。


女将は放送当時まだ生まれておらず、幼少の頃にTVの再放送で見た覚えがあるだけ。
しかし、ウルトラマン好きの従業員ジュンの影響で、再びこの作品に出会ったのは3、4年前の事でした。
どこにでもありがちな子供向けのヒーロー物で、おまけに30年以上も前の作品。
ですが、大人になった私の中で社会や人間という物について、意外にも深く考えさせてくれたのが、この”帰ってきたウルトラマン”だったのでした。

当然ながら、設定や映像に古臭さはある物の、内容は今でも十分通じるくらいシビアで、本当にこれが子供番組なのかと思える程の強いメッセージがこめられている。

この作品に、当のジュンよりもはまり込んでしまった私は、気に入った回を繰り返し、繰り返し、見返しました。そんな中で、心に残っているのが上記の言葉なのです。


年の始め、自身に誓いを立てようと思い立つ時、いつもこの言葉が私の頭をよぎります。今年も、やっぱりそうでした。
私の子供の頃とは違い、このご時世、時代に合っていないであろう箇所が含まれるのは事実です。けれども、大切な心の根本は今も昔もさほど変わっていないはず・・・。

そんな事を考えつつ、今年一年も素朴に、至極当たり前の事を大切に、しっかりと堅実にやっていきたい・・・、そう願うのでした。




女将よりのご挨拶

女将  ナオコ

Author:女将 ナオコ
ボストン近郊のこの地に菅家旅館を営んで、2年たらず。
まだまだ修行中の身ですが、従業員と共に、皆様方のご来館を心よりお待ち申し上げております。
もちろん、一見さんも大歓迎ですよ!
(”菅家旅館 ボストン本店"は、HP及びこのブログの名称であり、実際には営業いたしておりません。)



従業員紹介

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