皆様、こんばんは。 本日は、菅家旅館としてのお話は登場いたしません。 写真もないし、見所もなし。私の本当のひとり言かもしれません。 お聞き苦しい点、独りよがりな点等があるかもしれませんが、どうぞお許し下さいませ。
さて、この早朝より、急に思い立って数日間だけ旅に出る事にしました。 この地に住み始めてまもない頃から、アメリカの独立運動についての資料を読むだけでなく、歴史的背景や状況をそれらが起こった土地で実際に考え、感じてみるという事を、してみたい、やってみたいと思い続けておりました。 ですが、なかなか一同揃って旅に出る時間も余裕も持てないまま、ここまで1年半以上。(小さな旅や近隣の歴史的スポットには行っておりましたが・・・。) このクリスマス休暇もどこも行かずに、ただ、古ぼけたこのオンボロ長屋で共にゆっくりと過ごすんだろうと、つい2日前まで思っておりました。
実は、私この地にやって来るまで、欧米圏の国々に一切行った事がございませんでした、恥ずかしながら。 英語が上手くないという自己認識と、それ以上に、空飛ぶ鉄の塊”飛行機”が恐ろしかったせいではありますが、一生ハワイはおろか、欧米にも出向かないのではないか・・・とも思えるくらい、その文化に興味がなかったのです。 かくして、学生時代、独身時代は、青春十八切符を使った日本国内での旅を好み、バックパックを担いでは一人ユースホステルに泊まり歩く、そんな長期休暇を過ごしておりました。(「貧乏やったんやろ〜」って突っ込まないで下さいませ・・・)
その際の旅先は、「一度暮らしてみたい」と思っていたところ。 行ってみて落胆する事もあれば、期待以上に良い街で、「このまま住み続けられたなら・・・」と夢見てしまうような、そんな土地もあったかと思います。
そして、気楽な一人旅ですから、地元のおばちゃんやおじちゃんに声をかけてもらって、お茶やお菓子をご馳走になったり、電車の中で話し込んでしまったり・・・。 私の”住みたい町”の基準は、ただ単純に、その土地の人に温かみを感じられ、街の何気ない日常の風景(例えば、市場だったり、駅の待合だったり。)が自身の感覚に不思議と馴染む・・・、そういう感覚的な物でしかありませんでした。きっと今でもそうですが・・・。
それから数年後。 何の因果か、大嫌いな飛行機に半日以上は乗せられ、来てしまったこの土地”ボストン”。 報道されている事の他、全く何も知らない国の、違った文化の中に、いきなり放り込まれたような気分でした。 そして、覚悟は決めていたけれど、当初、ガン〜っと頭を殴られるような思いも。 アメリカ人から辛い仕打ちを受けるというよりも、他国から同じようにやってきているのであろう人間や、同国籍の人の態度にびっくりした事もありました。(この土地は、他国から来た人間のしめる割合が、アメリカの他の地域よりも高い。そして、その移り変わりも激しい。)
しかし、主人について行くと決めた以上、ここで気張って暮らしていかなければ、私は本当のただの”オバカさん”。そんな事に、負けてはいられないのです。
今でも英語は苦手です。 ですが、こちらで暮らす内、この土地の持つ雰囲気と言う物が、だんだん理解できるようになってきました。 上にも書いたように、嫌な思いをする時もしょっちゅうあります。でも、それだけではなくて、何気ない人の温もりに、心がほっこりする事も何度も何度も経験しました。
今、私はこの町が好きです。 この町が私の一時の通過点にすぎないからか、いずれ帰る日本という”現実”からの逃避のせいなのか(若かりし頃、旅先で思い描いた夢のように)、後にならなければ解らないけれど、私はこの町に夢を思い描いているのかもしれません。
実際にこの先死ぬまでこの地で暮らす、住み着くとなると、きっと違った問題点も出てくるかとは思います。ですが、私はそういう思いを抱ける程ここでは長くは暮らせません、幸か不幸か。
今後、日本へ帰った時、あるいは又、他の土地で暮らす事になった時。 今まで書いてきたような自分自身の心の動きと、暮らすその土地をよく知ろうとする事(良悪、どちらも)、それが私の課題であり目標であると、自身の胸に言い聞かせています。 そして、その地で出会う人、私達家族を支えてくれる周りの人には成るたけ誠実でありたい。
・・・きれいごとなのかもしれないし、具体性に欠けるかもしれないが、ここ数日間、漠然とそんな事を考えておりました。
今回の旅の行き先は、フィラデルフィアとNYのエリス島。 アメリカの歴史を見る上では、欠かすことのできない地域だといえます。しっかり、勉強して来るぞ!(ついでに、美味しい物も食べてくるぞ!)
それから、クリスマスの記事なのですが、時期はずれになってしまってもその内書きますね。 それでは、失礼いたします。
追伸。 ブログランキング、いろいろ考えて止めました。 一見さんのお客様は減るけれど、それでも堅実にやっていくつもりです。
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