菅家旅館 ~ボストン本店~
ボストン近郊の町にある、小さな小さなお宿でのお話。女将のナオコが、お料理の事や周辺の観光スポット、日々の生活等をふんわりと語ります。
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女将のひとり言「ブログ」の巻

皆様、こんばんは。

今宵は、私が最近、度あるごとに考えさせられる、”ブログ”って物について、少しだけお話してみたいと思います。


さて、当旅館を日頃からご利用下さるお客様の中にも、ご自身がブログの管理者だという方が、ちらほらといらっしゃいますが、そんな方々にご質問。

「皆様、どのような理由で、ご自身のブログをお作りになろうと思いましたか?」

私自身、何の理由で・・・と考えると、漠然とした答えしか出てこないのですけれど、「日頃の何気ない出来事から感じた事、思った事を、書く事によって、更にはっきりと自分の物にしたい。」という事が一つ上げられるような気がします。

自分だけの言葉で、自分の想いを綴る。
それがネットを利用する事によって、不特定多数の人に読まれ、また、その反応までもを楽しむ事ができる・・・。

私にとっては、それがとても魅力的で、面白い事のように思われたんですね、ブログを始めた当初は。でもね、最近になって、ネット上で”物を書く”事の怖さ、”自分をさらす”事の怖さを、ふと感じる事が多くなりました。

・・・”怖さ”だけを感じたのではないですね。
自分の言葉の持つ意味を、慎重に考えるようになったのですから。ネット上で、どのように反映するか、どのように残されていくか、って事まで気になるようになりました。


では、どのような切っ掛けで、そんな事を感じるようになったのか・・・。
自身のブログ運営からだけではないのです。

こうして、ネット上で物を書き始めた結果、何かの切っ掛けから、お邪魔するようになった他のブログがいくつか。
それから、私自身はすぐ止めてしまいましたが、”ランキング”なんて物もありますので、そちらから、「何が書いてあるのかな?」なんて、興味本位でお邪魔する事もあります。

素直な文体で、読んでいて書き手の人となりを想像できてしまう物や、思わず、プッと吹き出してしまう物。こういうブログには、次の日も、また、次の日もお邪魔させていただきたくなりますよね。

でも、そんな中、時には「・・・。」
絶句してしまうような物があったり、自己満足と自己表現の意味を取り違えているような物があったりと、書き手と読み手、両方を担っている者として、ひどく考えさせられるブログがあるのも事実です。

私自身、冗談の延長線上で、”菅家旅館”なんて紛らわしいタイトルを付けている上に、自分の食欲と主張ばかりをネタにしているため、「人の共感を呼ばない、独りよがりなブログ」だと一人、落ち込む事もしばしば。ですから、人の事ばかり言っていられない状況なのかもしれません、実際は。

それでも、思うのです。
「ネット上に自分の言葉を乗せるという事の意味を、真剣に考えた事のある人って、どの位いるのだろう」と。


本当に、ネット上には様々な方が書かれた、様々なブログがあります。

かる~い感じで書かれているのは、見方によってはポップで面白いし、好感も持てる。
私もそんな風で好きな物、ありますよ。

また、日頃考えないような、大切な事を考えさせてくれる記事もあります。
何か、重要な課題を与えられたような気にさせられます、そんなブログを読んだ後は。
それがどんなに辛口で、辛辣な物であろうとも。書き手の方の真面目さが、私にまで伝わってさえ来れば。

けれど、そんな良いブログばかりでないのが、悲しいところ。
「個人を特定される事なく、自由に書き込める」というネットの匿名性という利点が、逆に作用した、無責任なコメント。それがエスカレートして、意味を成さない誹謗中傷合戦になり・・・。

こういう物を見るとね、無性にやり切れない想いが溢れて来るのですよ、なぜか。
そして、先にも書いた、ブログに対する想いにつながって行くのです。


「自分の言葉(内容)には責任を持って」

現実社会も、またこれ然り。
誰しもが、様々な考えを持つ、様々な人がいるのだという事を意識して、その上で言葉を選んだり、そのように行動したりして生活していますよね。

・・・これが一番の基本だと思うんです、ブログ記事だけでなく、コメント、その他、ネット上で物を書くという事の。

だからと言って、綺麗事でお茶を濁すのが良いとは思いません。
自分の主張は主張。
しっかりと自身の想いを言葉にしつつ、自我意識を肥大化させず、他者に対しても節度を持って。


・・・ご自身のブログをお持ちの方、一度考えてみませんか?ネット上での自分のあり方って物を。


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女将のひとり言「課題」の巻

皆様、こんばんは。
最近、ブログの更新が滞りがちになっており、大変ご迷惑をお掛けいたしております。


というのも、実は私、1月半ばより、我が語学力改善のためのESLクラスと、米国におけるプロテスタント信者の考え方、あり方について学ぶため、バイブル・スタディに通い始めたのです。
よって、従業員達の寝静まった夜間には、落ち着いて文章を・・・書くのではなくて、それらの教室の宿題や課題におわれております。

この宿題というのが、ドリルや単純な作文ではなく、ある課題についての自分の考えをまとめて発表したり、論じ合ったりしなければならないので、結構大変なのですよ。
ふぅ~。

文章を読んだり、下調べをした上で、抽象的な自分の考えを英語に置き換えるのは、本当に難しいです。
ましてや、日本語と英語を合わせても、0,8ヶ国語くらいしか正しく話せてもいない!?私のこと。
自分の母国語である日本語でも、考えをまとめて、きちんと言葉にするのには相当骨が折れるのに、それを英語でやれって言うのだから、人の何倍、何十倍もの、努力と時間が必要になってしまうのですね。
はぁ~。


って事で、本日の課題。

" Where did you come from ? " 
・・・別に、どこの国からやって来たのか答えろって訳じゃないんよね。

" How did you come to Earth ? " 
・・・”どのように”ってそれが理解できたら、人間、ここに存在する事の意味に悩み苦しまなくてもいいやんか。

" Did you come here by chance or by a plan ? "
・・・偶然か?必然か?って事ですかね、意味合い的には。


いちいちツッコミを入れてしまったけれど、次週、これらのテーマについて考えを持ち寄って、論じ合うのだそう。
設問自体は簡単であるんだけれど、ESLクラスで話し合う内容にしてはやけに宗教的で、ちと濃いような・・・。いやね、でもそれだけ、考え甲斐があるって事なんだけれども。

正直、この課題を出された瞬間から今の今まで、ず~っと、悩んでます。

一般的なキリスト教的観念からいくと、全ての存在あるものは、神によって創造された被造物にすぎないって事になるから、それを踏まえて答えを出さなくちゃいけないと。
でも、実際私の頭の中にある考えっていうのは、人間社会の存在が、地球の長い長い歴史の中の、ほんの一瞬、一部でしかないって事。

自分の、人の”命”ってものを考えてみても、どちらを基軸にするかによって、答えはぜんぜん違ってくる訳で・・・。


いえね、そこのお方。
なんかいいアイデアがあったら、私に教えてくんなましよ。
たかが人間、されど人間。
価値観なんてもんは星の数ほどあるはずだけど、この問題、真剣に考えて答えを出すのも、人の意見をきくのもね、結構、いい勉強になるんじゃないのかと。
英語の面だけではなくってね。

はぁ~。
皆を説得する訳じゃないんだから、自分の答えを明確にさえしておけばいいのだろうけれど、まだ考えがまとまんないのよね(涙)
さあて、どう答えるべきか・・・。う~ん。

って事なんで、本日の菅家旅館はこれにておひらき!
女将は、再び、課題に向き合うのです・・・・。
ではでは。



女将のひとり言「出会いと縁」の巻

皆様、こんばんは。
今回も引き続き、女将のひとり言にお付き合い下さいませ。


実はここ数日、当旅館にお出で下さるお客様が続いたり、逆に、私が他の方のお宅へお邪魔させていただいたりと、大変忙しくしておりました。
本日などは、日本からの旅行者である青年が、出合ったばかりだというのに訪ねて来て下さり、ご自分の宗教観や経験等を交えて、主人との会話に花を咲かせておりました。

私はただ、二人の話を黙って聞くばかりでしたが、彼と主人との言葉のやり取りがあまりにも真面目で興味深い物だったためか、これが本当に、ついさっき、数時間前に出合ったばかりの者同士の言葉のやり取りなのかと、妙に深い感銘を受けました。


以前からずっと考えている事ではあるのですが、人と人とのつながりは、会った回数や時間に関係なく、ふとした偶然からでも十分に構築し得る物。

この先も、彼にまた会う機会があるかもしれないし、もう、ないかもしれない。
けれど、今回のこの出会いが、菅家一同の中で何らかの意味を持ち、心に深く残る物となった事実は隠しようがありません。


・・・その昔。
私がまだ若く、時間と資金さえ手に入れば、一人、旅へと繰り出していたあの頃。

東北地方のとある里へと、出向いた時の事でした。
古くからの言伝えや伝説の多く残り、”民話の里”として知られるその地は、周囲を深い山々に囲まれ、段々と連なる田畑や清い小川の流れが今でも残る、本当に美しい所。
農村に育った事のない私でさえも、なぜか、無償に懐かしさがこみ上げてくる・・・、そんな場所でした。

観光を終え、次の目的地へと向かおうとバス停を目指して歩いていた私。

「ねえ。今度のバス、何分に来るか知ってる?」
いきなり、こう、声を掛けられたのです。

びっくりして振り返った先には、小柄な、まだ高校生のようにしか見えない少年が、ニコニコ笑いながら立っておりました。おまけに、片方の手には地ビールの紙コップ、もう片方の手にはキュウリを持って、何だかご機嫌の様子。
・・・私は、すぐに”河童”を思い浮かべてしまいました、彼を見るなり。(その地は、河童が住む里としても有名でした。)

始めは驚きを隠せない私でありましたが、妙に愛想がよく、人懐っこい”河童少年”につられ、お互いの年齢や所属、この地に来た理由や一人旅好きな事などを、バスを待つ時間だけでなく、その車中でも絶え間なく話し続けました。

話によると、”河童少年”は高校生ではなく、仙台市内にある大学で医師を目指して勉強中なのだとか。

バスの終着点に着いた後も、今まで話しただけでは話足らず、お互いの最終目的地行き、乗り換えバスが出るまでの間、延々と2時間近くも会話していた私と河童少年。
別れ際には、お互いの連絡先を交換し合い、「また、いつか、どこかで出会えるとよいね・・・」と言って別れたのです。
彼とはその後、一度も出会うことはありませんでしたが、数年前までは、気が付けば、お互い旅先から葉書を送り合うなどしておりました。


思い出しました!
彼、河童少年には、以前に、この地ボストンからの葉書をもらった事がありました。
例の如く、彼は一人旅で、この地で出来た友人の家に泊めてもらっていると書いてあったような・・・。

今になって思うのですよ、あれはいい出会いだったんだなと。
不思議な縁に結ばれていたのだなと。
そして、彼が人間として、医師として、私が出合った頃に感じた素直さを失わずにいてくれる事、願わずにはいられません。
だって、今はどうしているのか分からないけれど、彼と会ったのはたった1回だけだけれど、それでも、あの出会いは私にとって、人の目には見えない人と人とのつながり、縁を感じさせてくれる物だったから・・・。


人と人との縁って、どこで、どうなっているのか分からないけれど、本当に不思議な物ですね。
何の切っ掛けが、何の偶然が、人と人とを結びつけてくれているのか・・・。
一度きりの出会いであろうとも、長く続く関係であろうとも、大切な出会い、心に残る出会いは
あるものです。

でも、いつ、どこで、どんな状態で、それがやって来るのかは、私達人間には分からない。
だからね、いつでも心を開いておきたいのです。どんな人に対しても、どんな状況に対しても。

人に対して、素直に、率直に、真面目に。
でも、自己を強く持って、何事にも押しつぶされぬように。

どうか、これからも私達家族に、そして皆様に素敵な出会い、縁が訪れますように。



女将のひとり言「学ぶ」の巻

皆様、こんばんは。
今回は、私のちょっとした”ひとり言”にお付き合い下さいませ。


この地に越して来てから、以前よりも考え事をする時間が長くなりました。
自分について、家族について、日本について、米国について・・・、何をどれだけ考えたのか、自分でもわからなくなるくらい、気が付けば何かを考えてます。

今までの私が、そこまで考えなしの人間だったとは思わないけれど(結構理屈っぽくって、頑固なヤツだったと思うからね、今までも。)、三十数年間生きてきて、これほどにまでいろいろな事について考えよう、知ろうとした事が、未だかつてあったのだろうかと思うほどに、私の頭はフル回転しております。

それがね、漠然と”考えてる”だけじゃないんです、今までとは違って。
頭の中の疑問や知識欲が急に鮮やかさを持って、具体的に浮かび上がってくるの。これまでにはあまり経験した事のない、不思議な感覚・・・。

でも、これって外見だけではわからない変化ですよね、きっと。
自分だけ、あるいは、毎日話し相手になってもらっている主人だけにしか感じられない、小さな、小さな変化。(自身にとっては大きな意味を持つけれど。)


そうだなぁ。

例えば、道を歩いていて。
何人かの人達とすれ違いますよね、歩く速度を落とす事なく。
・・・ふとそんな中、お互いの視線が絡み合う瞬間がある。
そして、その一瞬だけ、口元をゆるめて微笑むんです、多くの人達が。
とてもにこやかに。

それが、相手に対しての”敵愾心はありませんよ”という態度を表す無意識の行為だという話は、以前にも聞いた事がありました。
でもね、なぜそういう行為をとらなければいけないのか、なぜこのような習慣が生まれたのか、どこからそれが来ているのか・・・。

考え出すと止まらないのです。

この辺りの、若しくは、米国全体の地域性が関係しているのか、または、ヨーロッパの国々の習慣だとするならば、そういう習慣のない日本との差はどこにあるのか。
キリスト教の宗教的な観念に基づいているのだとしたら、それはどんな部分に当たるのか・・・・などなどなど。

次から次へと疑問が噴出し、知らない事だらけ、わからない事だらけの自分に気付いてしまう。

       jiyu-no-megami.gif
 *自由の象徴といわれるStatue of Liberty。1886年、米国の独立100周年を祝って、フランスから贈られた。

そうしたら、次は、知識欲。
米国の成り立ちについて知りたい。人について知りたい。宗教心について知りたい。あるのだとしたら、国民性やこの辺りの地域性についても知りたい。
ここまできたら当然の事、米国のに関してだけでなく、自身の国”日本”についても、もっと知らなければならないはず・・・。

まるで、「なんで?」「どうして?」を繰り返す3歳児のように、考えを延々と巡らせつつも、人に尋ね、主人に教えを乞い、インターネットで調べ、私の拙い英語力で理解できる程度の物(主に、ニュースや小・中学生用かと思われる本だったりします。恥ずかしながら・・・。)を辞書を引き引き読み、少しずつではありますが、具体的に”学ぼう”としております。

あっ、英語に関しても、今のままでは学ぶ以前の問題ですので、改善の努力中です。
まともに話したり、読んだりするのには、まだまだ、相当の努力が必要になりそうですがね(涙)



・・・今、ここまで書いた物を読み返してみて、自分自身に一言。
「やっぱり3歳児レベルやん。何も知らんアホやんか、私!」

そうです。
私は何の知識も持たず、何の具体的な思索をして来なかったの、今まで。
きっと、漠然と考えていただけなんです、今までの私は。

変えなきゃ、もっと変えなければ。
勉強しなきゃ、もっと勉強しなければ。
努力しなきゃ、もっと努力しなければ。

今なら見える。今ならやれる。今ならできる。


とにかく、私、頑張ります。
自分自身で答えを見つけられるまで。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最後までお付き合い下さって、本当にありがとうございました。
私が、それほど多くの物についての学や知識のない事は事実ですし、ましてや、人に語れるほどの立派な人間ではない事、自身でもよく承知しております。

今はまだ、3歳児の如く、学ぶのみの我が身。
幼稚でちっぽけな疑問、発想だろうとは思いますが、もし、私のそれに対してのお考え、ご意見、お持ちの知識などございましたら、どうぞ、ご教授下さいませ。
宜しくお願い致します。

それでは、また。



女将のひとり言「この地球を守るのは?」の巻

本日も、”菅家旅館”とは何の関係もない私個人のひとり言、いいえ、自身の持つ考えをここに記しながら、まとめていきたいと思っております。
何だか重苦しい話題ではございますが、宜しければ、少しの間お付き合い下さいませ。


前回の記事に、

”本来ならば、ボストンとケンブリッジの間を流れるチャールズ川が凍りつく程、寒さの厳しいこの地域、今年は異様な暖かさのせいか、川を覆う氷を一度も見る事がないまま、1月も半ばに差しかかろうとしております。
風が冷たく吹く日も、気温がマイナスを下回る日もある事にはあったのですが、例年のような凍て付く寒さがない分、過ごしやすくもどことなく不自然さを感じてしまう私です。”

と書かせていただいたのですが、次の日には一変して、この地方の冬らしい、芯から凍えるような冷たい一日がやって参りました。
このままこの天候が続くのか、はたまた、暖かくなったり寒くなったりを繰り返すのかはわかりませんが、この冬が例年にない”おかしな冬”である事には違いありません。
                                                              

さて最近、私と主人の間、友人間でも、各地で起こる異常な気象現象やそれに対する取り組みについての話が話題にのぼる事が多く、熱を入れて語り合う事がしばしばありました。

確かに近年、世界的に見ても、様々な要因による地球温暖化が引き起こす、このような異常気象現象についての注目度が高まった分、一般の人々の意識も変わりつつあるのは事実のようです。
企業や各団体の取り組みもしかり、ハイブリッド車やエコなんていう言葉も巷ではよく聞かれます。

また、地球の環境問題、温暖化の恐怖を訴えた、元副大統領アル・ゴア氏出演の映画「不都合な真実”An Inconvenient Truth"」は米国でロングランとなり世界各国で公開、もちろん日本でも1月20日に封切られるとの事。
この映画が日本でも注目されている事は、ネットで検索していて知りました。
(私がたまにお邪魔させていただくミュジニーさんのブログや、最近おめでたい事があった女優、藤原紀香さんのブログにもそのタイトルが見て取れます。)

本日は、この映画の内容について云々したい訳ではありませんので、大きくは触れませんが、この映画に漂うアル・ゴア氏の政治臭(2008年の大統領選への再出馬が注目されているらしい。)はともかくとしても、彼の環境問題に対する姿勢とその訴えには、安穏と暮らしている私達がこの問題をもっと真剣に考え、取り組まなければならないであろう事を知らしめす、何かがあるような気がします。

地球に迫り来る脅威を、ただ、怖いと思うのではなく、それをどうやって食い止めるのか・・・。
この環境問題への注目度の高まりを、一時的な流行として終わらせないためにも、一人一人がその点について考える、この映画がその切っ掛けの一つとなれば・・・と願っております。

 sora.gif
*あまりにも青く澄んだ冬の空。

・・・・そう書きつつも、今、米国に住んでいて思う事、それは、この国の社会のあり方です。

世界一の消費大国である”アメリカ”。

「どんどん作って、どんどん使って、どんどん捨てる」・・・この言葉を絵に描いたような社会、人々の生活。そして、それに伴って起こっているのであろう、環境破壊。

世界一の二酸化炭排出国であるのにも関わらず、地球温暖化の原因である温室効果ガスの削減を目標として盛り込んだ、京都議定書の内容を受諾しない”アメリカ”。

上に登場したアル・ゴア氏も関係しておりますが、もし彼が政府内で力を持ち(大統領就任!?)、このまま問題を訴え続けたとしても、環境破壊という負の要因を作り出している企業と、それとの癒着によって支えられているであろう政治家の持つ利権や支持率、お金の問題などが絡んでは、実際の問題解決のために必要な活動、各国政府間での取り決め等が上手くいかないのではないか・・・。


「今後、地球温暖化をストップさせるのは、アメリカにかかっている。」
これは、自然科学を学び、環境問題について興味を持っている我が友人の言葉です。

発展途上の国々や人口が世界一多く、規制の基準があいまいな某国、もちろん日本も含まれておりますが、他にも環境破壊においての問題を抱えている国は少なくはないでしょう。
ですが、先進国としての立場上、アメリカが国家レベルで問題を解決しない事には、地球の温暖化による異常気象や人類の破滅への道を食い止める事はできないのではないでしょうか?

そして、環境問題に関する活動家としてのアル・ゴア氏の姿が、政治活動のためのポーズなのか実際のライフワークなのか、私にはわかりません。
けれども、彼の訴えによって、アメリカ国民だけでなく世界各国の人々が、自然環境の破壊に対する問題意識を新たにし、その事によって状況が改善されるのならば・・・との願いも捨て切れません。

国家と政治家、企業、そして人間一人一人の意識と実際の行動が伴わなくては、地球の温暖化、異常気象、至っては地球の生態系の破滅を食い止める事はできない・・・。

結果、人類、生命体が滅びたとしても、それは長い地球の歴史の一瞬に過ぎない。人間が中心のこの星の現在は、短かろうとも、長かろうとも、いずれ終わりが来るのだから。ただ、その時期を速めるのも、遅めるのも、人間次第だという事は忘れてはならない。

心の中のどこかでそう考える自分に気付きつつ、生み出たその内容の重さにそれ以上言葉が出てこない・・・。

私がここで一人考えていようとも、一人では何もできやしないし、本当の事は誰にも分かりやしない。かといって、何の問題意識も持たず、ただ「怖いわね」だけで終わらす気にもならない。
さらには、考えているだけで、行動にうつさなけりゃ何の意味もない。

では、どういう方法で、どういう手段で、どういう心構えで、私自身は過ごすべきなのか?


・・・結局のところ、自身への答えは未だ見つかりません。
ただ、理解できたのは、地球や環境を常に意識しながら暮らすって事が大切だという点。それが、人としての道、モラルの問題なんだという事。

国としての問題や政治絡みの事に踏み込めば踏み込むほど、自身の小さな意識を大切にしようという気持ちが芽生えたのも事実です。
きっと、この先も答えを探して立ち止まる事が多々あるのだろうけれど、しっかりとした自分自身の
言葉が見つかるまで、私は考える事を止めません、絶対に。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
上で述べた内容について、読みかじった程度の少ない情報で感じた事を、自分なりに言葉にしてみただけの物です。もしかしたら、思い切り、的外れのアホな事を言っているのかも・・・、と思ったりもします。本当に、乱文をお目にかけて申し訳ありません。
もしも、何かお気付きの点がございましたら、教えていただきたく願っております。
それでは。





女将よりのご挨拶

女将  ナオコ

Author:女将 ナオコ
ボストン近郊のこの地に菅家旅館を営んで、2年たらず。
まだまだ修行中の身ですが、従業員と共に、皆様方のご来館を心よりお待ち申し上げております。
もちろん、一見さんも大歓迎ですよ!
(”菅家旅館 ボストン本店"は、HP及びこのブログの名称であり、実際には営業いたしておりません。)



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